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2014年09月06日

【転送です】人事の民主主義

人事の民主主義

本日は6紙の社説はすべて、安倍改造内閣についてです。特徴的な主張を比較します。

◆<読売新聞> 安倍改造内閣 経済再生へ挙党態勢を固めよ

・ 石破茂前幹事長の処遇をめぐって一時、首相と石破氏の対立が表面化した。
石破氏がラジオ番組で幹事長続投を公然と希望するなど異様な展開となり、首相は
石破氏を無役にすることも検討した。だが、最後は、双方が歩み寄り、石破氏は入閣
した。一昨年秋の総裁選を争った両氏が、決定的な対立を回避し、挙党態勢を維持し
たのは妥当な判断である。政権復帰から1年8か月余で党の結束が乱れるようでは、
国民の信頼を得られない。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/20140903-OYT1T50196.html

◆<朝日新聞> 安倍改造内閣─国民合意の政治を望む

・ 「戦後レジームからの脱却」を掲げた安倍首相にしてみれば、集団的自衛権の
行使を認めた7月の閣議決定は、大きな「成果」なのだろう。だが、私的懇談会の
報告を受けた与党協議による性急な議論の進め方は、憲法9条に基づく戦後の安全
保障政策の大転換という内容の重さとともに、世論の分断を招いた。閣議決定後の主
な報道機関の世論調査では、おしなべて半数が行使容認に反対や評価せず、8割が
議論や検討が十分でなかったなどと答えている。より大切なのは党内融和ではなく、
国民合意だ。
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

◆<毎日新聞> 改造内閣発足 中韓と関係構築を急げ

・ 石破氏が首相からの安保法制担当相への就任要請を安保政策をめぐる見解の相違
を理由に拒み、結局は別のポストで入閣した経過には疑問を抱かざるを得ない。
石破氏は集団的自衛権行使を幅広く認める「国家安全保障基本法」の早期制定が持論
で、慎重派の首相と違いがあるとされる。基本政策をめぐり相いれないのであれば
閣外に身を置き、総裁選で論争を挑むのが筋だ。政権から石破氏を排除すれば対立が
激化しかねないと懸念した首相と、孤立をおそれた石破氏が妥協した結果の地方創生
担当相就任とすれば、せっかくの新設ポストが泣く。
http://mainichi.jp/opinion/news/20140904k0000m070163000c.html

◆<日経新聞> 経済再生こそが改造内閣の使命だ

・ 改造内閣が評価されるかどうかは、この顔ぶれで何を目指すかにかかっている。
要職に就いたのは首相と思想的に近い面々が多い。保守派からは「集団的自衛権の次
はいよいよ憲法改正だ」との声も出ている。国民のいまのニーズの最大公約数はそこ
だろうか。首相は8月に月刊誌に発表した論文で「経済成長こそが安倍政権の最優先
課題」と宣言した。アベノミクスは一定の成果を上げているものの、全国津々浦々に
波及しているとは言いがたい。来年の統一地方選挙対策といわれようが、日本経済の
再生こそが安倍政権の歴史的使命であるとの決意をみせねばなら ない。
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO76588530U4A900C1EA1000/

◆<産経新聞> 安倍改造内閣 日本再生の司令塔となれ

・ 集団的自衛権の行使容認に伴う関連法案は、来年の通常国会に提出される。江渡
氏は法案の起草にあたり、自衛隊の行動に必要以上の制約をかけないよう留意し、
国会答弁に備える必要がある。改造の目玉である5人の女性閣僚起用と併せて注目
したいのは、衆院当選3回の稲田朋美前行政改革担当相が党四役ポストの政調会長に
抜擢されたことだ。保守派の論客であると同時に、憲法改正を強く主張してきた。
いわゆる「安倍カラー」の根幹である憲法問題について、執行部内で積極的に発言
できる人物を配置した点を評価したい。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140904/plc14090403080008-n1.htm

◆<東京新聞> 安倍改造内閣が発足 国民の声に聞く耳を

・ 安倍氏が首相に返り咲いてからの一年八カ月余りを振り返るとどうか。国民に
寄り添った政治の実現に努力してきたと胸を張って言い切れるのだろうか。自らの
主張のみを正しいと思い込み、国民の中にある異論を十分にくみ取って、不安に思い
をめぐらせたと言えるのだろうか。象徴的なものは、外国同士の戦争への参戦を可能
にする「集団的自衛権の行使」問題である。首相は今年七月、政府が長年、違憲と
してきた憲法解釈を一内閣の判断で変更して、行使を容認する閣議決定に踏み切った。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2014090402000161.html

◆読売VS毎日、朝日・東京VS産経、そして日経

上記で引用した主張の違いは、わかりやすいポイントを選び出したものですが、各紙
ともそれ以外にも重要な論点を出しています。できればリンク先の社説全文をお読み
いただければ、より全体感を得られると思います。

その上で、特徴的な視点を比較すると、読売新聞が現在の安倍政権のモメンタムを
維持することを重視。これに対して毎日新聞は政策論争を避けず、誰がリーダーに
なるかを問うべきという論調です。内容は石破氏の対応と処遇についてです。

朝日新聞は、安定政権となっていることに一定の評価を与えた上で、国民不在の政策
決定プロセ スを批判。特に集団的自衛権を取り上げています。東京新聞も同様な主張
ですが、国民の声を封じる方向に動いているのではないかと、より強い懸念を示して
います。これに対して産経新聞は、集団的自衛権を積極評価した上で、関連法案の
整備を急ぐべきとしています。また憲法改正論議も進めるべきとしています。

いっぽう経済紙の日経は、第二次安倍内閣が「経済最優先」を掲げることを評価した
うえで、幹部に首相と同じ価値観の保守的は閣僚を据え、「集団的自衛権」や「憲法
改正」を優先事項にしていく可能性に疑問を呈しています。法人減税を実行し、岩盤
規制に切り込み、成長戦略の実現に集中すべき、と主張しています。

◆組織運営の要諦

人事は、組織運営の要 諦です。「誰がリーダーか」「誰がフォロワーか」を決める要
のルールは人事権です。フォロワーは、自分の人事権を預けることの同意するとき、
その人物をリーダーと認定します。そしてリーダーはフォロワーのためにもっとも
ふさわしい人事案を考え、実行するものです。この組織論理は、自民党という組織
にも基本、あてはまっているようです。いや、政治の世界の住人の最大関心事もまた、
人事なのかもしれません。

であればこそ、人事とは何か、リーダーとフォロワーの関係とはどういうものである
べきか、深く考察すべきと思います。民主主義とは、フォロワーに主権があり、
フォロワーの意思でリーダーを選ぶ制度です。そしてリーダーの働きを監視し
(もちろん協力を惜 しまずいっしょに努力し)、必要あればリーダーの入れ替えを
します。

民主主義は、リーダーとフォロワーが対等な関係です。先進的なビジネスの世界では、
この考え方や価値観が当たり前になりつつあります。政治の組織は、民主主義を守り
発展させる要の活動です。政府の要人たちが、人事をどう受けとめ、どう行動するか、
その本質を見ていきたいと思います。

(梅本龍夫)



◆朝日新聞と池上彰氏

朝日新聞の連載コラム「池上彰の新聞ななめ読み」で、池上氏が朝日の「従軍慰安婦
報道の検証記事」の内容を批判した記事原稿を送ったところ、掲載を拒否されました。
その後朝日は一転して掲載を決定しました。池上さんは、今後のコラム執筆の辞退を
申し入れていましたが、朝日が掲載拒否の判断を謝罪したことを受け、今回の記事
掲載を容認しました。コラム継続の有無については、白紙としています。産経新聞と
東京新聞がこの問題について社説を掲げています。

◆<産経新聞> 慰安婦問題 おわびすべき対象は誰か

・ 朝日新聞が8月5、6日付で「慰安婦問題を考える」と題して掲載した大型検証
記 事では、韓 国済州島で「慰安婦狩り」に関わったなどとする吉田清治氏の証言に
ついて、「証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します」としながら、どこにも
「おわび」の字句はなかった。まず、おわびすべき相手は、誰だったのだろう。虚偽
の吉田証言などで長く尊厳を傷つけられ続けた、日本と、すべての国民だったはず
ではないのか。

・ 池上さんはコラムの冒頭で「過ちを訂正するなら、謝罪もするべきではないか」
と記した。この問いかけに対しても、朝日新聞は何も答えていない。

・ 朝日新聞は、対象に、挺身隊との混同記事を加えたうえで取り消す記事を明示し、
社として公に謝罪すべきだ。国会招致といった報道に対する公権力の介入を招かない
ためにも、メディア間の相 互批判と、報道機関としての責任ある対応が不可欠である。

◆<東京新聞> 池上コラム問題 言論を大切にしたい

・ ジャーナリストの池上彰さんが朝日新聞に連載中のコラムがいったん掲載を
拒まれた。朝日の記事を批判的に論じた原稿だった。寛容の精神を貫き、批判をも
包み込む言論空間を大切にしたい。

・ (池上氏が)殊に問題視したのは、過ちを認めて訂正したのに謝罪がないことだ。
「お詫びがなければ、試みは台無しです」という。特集を読んだ多くの人たちが共通
に抱く率直な気持ちだろう。当たり前とも思えるコラムの掲載を拒んだのは全く理解
に苦しむ。 表現や言論の自由を守るべく最前線に立つ同じ報道機関として、一時的
にしろ掲載を見合わせたの は残念だ。読者の不信を増幅させないよう善後策を期待
したい。

・ 最近の身の回りで強まる表現活動や言論空間を制限する動きは見過ごせない。
多様な考えが民主主義を強くする。異論や反論を排除せず、熟慮する場がつくられる
べきだ。

◆産経VS朝日

産経新聞は、朝日の「慰安婦報道」を厳しく批判してきたメディアです。産経は朝日
とは主義主張が大きく異なるメディアですので、「慰安婦」の問題と、戦時をどう
とらえるかという歴史認識に差が生じるのは、仕方がありません。そこは価値観の
違いを認めた上でディベートをすべきことです。ただ、どのような歴史認識も、
「事実」を曲げることは正当性をもちえません。まして「虚偽の報道」はあっては
ならないこ とです。

それでも人間のやることに完璧はないのですから、池上氏がコラムで書いているよう
に、1992年当時、産経新聞が吉田清治氏の証言に疑問を呈した段階で、徹底検証し、
訂正または削除に踏み込むべきだったのだと思います。間違いを認めたくなかった
のでしょうか。
(池上氏のコラムはリンク参照:http://digital.asahi.com/articles/DA3S11332230.html

◆無謬神話を脱ぎ捨てる

官僚は、自分たちは常に正しい判断をするという「無謬神話」を堅持するものだと
批判されますが、大手メディアもまた、自分たちの報道内容は常に正しく、正義で
あるという建前にとらわれがちです。論語に、【過ちては改むるに憚ること勿れ】と
あります。この言葉は、どのような組織も、そして私たち一人ひとりもまた、座右の
銘にしないといけないのだと思います。

産経新聞が朝日を批判するだけでなく、朝日と価値観や主義主張が似ている東京新聞
も厳しい社説を掲げていることが、今回の事象の意味を象徴しています。東京新聞は、
昨今の言論空間への締め付けに強い懸念をもち、憂慮を 深めています。そんな中、
自由な言論空間を押し広げ、堅持すべき大手新聞社が、自ら自由な言論を封殺する
ような判断をいったんは下したことを、どうとらえているのか。朝日は批判と疑問に
誠実に応える義務があります。

産経の社説の末尾に、「国会招致といった報道に対する公権力の介入を招かないため
にも、メディア間の相互批判と、報道機関としての責任ある対応が不可欠である」と
あります。これは、立場は異なれど、同じ新聞社として、自分たちのミッションを
ともに遂行しようという朝日新聞への呼びかけであり、応援メッセージであると思い
ます。「無謬神話」の鎧を脱ぎ捨てたとき、組織も個人も一皮むけ、成長し進化して
いきます。朝日新聞の奮起に期待します。
          
     (梅本龍夫)
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